この記事を読んで、なるほどな~と思ったことがあります
【佐藤 隼秀】「自分が本当に虐待されているように錯覚して…」日本アカデミー賞最年少受賞の「天才子役」が芸能界を去った「本当の理由」 - ライブドアニュース
要は「影のある子どもの役でブレイクした俳優が、その後虐待を受ける子などのハードな演技を多く引き受けるようになったところ、役を引きずってしまってどんどん疲弊し、芸能界引退に至った」ということなんですが、
役にひっぱられることって、やっぱりありますよね
いくら演技とはいえ、
無視されたり、罵倒されたり、暴力を振るわれたり
そんなことが重なれば、知らず知らずのうちに
心が傷ついていくってこと、あると思います
ただ、
一方で、カットがかかればケロッとしているひとも居るはずなんですよね
この違いはなんなんでしょうね
性格、といわれればそれまでかもしれませんが
この件に限らず、
「周りにひっぱられない力」って
結構大事なんじゃないかと思うのです
早ければ保育園や幼稚園、
その後の学生生活でも、
私たちは「人の話をよく聞くように」教育されます
もちろんそれは集団生活をする上で必要なスキルではあるんですけど、
「人の話を聞きすぎる」のも考えものだなと思います
素直な人ほど相手の話をよく聞くわけですけど、
それを「うんうん」と無自覚に受け入れ続けていると
自分はどう思うんだっけ?
それでいいんだっけ?
と、考えることなく、流されてしまいます(私です)
少し前に何かの本で、
「言葉にはバイ菌がついているから、そのまま受け取ると病気になる」と書かれていて、
たしかに・・・と思ったんですよね
周りの人は、いくら親しくても所詮は他人
自分と100%境遇が同じ人なんていないし、
自分の気持ちを100%わかってくれることも有り得ないので、
結局はその人が「思ったこと」をただ口にしてるだけなんですよ
でも、それが正解であるかのように自分の中に入れてしまうと
人の言ってることが正しいんだ、
自分の意見なんて言わない方がいいんだ、
自分は間違っているんだ、
と感じるなど、
自分が苦しくなってしまいます
人の言葉は、基本的にはちゃんと聞いたらいいと思うんですけど、
あれ、なんか違うな
私はこうだと思うな
なんかこの人と話してると疲れるな
とか思うことがあったら、
もう、シャットアウトしちゃいましょう
ちょっとした頂き物があったとして、
貰った時には「うふふ・・・ありがとう」と受け取りつつ、
やっぱこれ私には合わないな
もう必要じゃなくなったな
と思ったら
見えないところでポイしちゃいましょう
貰った時点で「え!これ違う!いらない!」と拒絶してしまうのは
コミュニケーション上あまり得策ではないと思うので
人の話においても、
あくまで感謝の気持ちを見せつつ、半分は右から左に受け流すのが
自他ともに大切にするという意味では大事なんじゃないかと
最後に、漫画『デスノート』の登場人物ニアのセリフを置いておきます
” 何が正しいか正しくないか
何が正義か悪かなんて
誰にも わかりません
・・・もし神がいて
神の教示があったとしても
私は一考し
それが正しいか正しくないかは
自分で決めます ”
では( ˘ω˘ )スヤ